人生において、物事を白黒はっきりせずに、グレーにしておいた方が生きやすい。

白黒はっきりさせることが、必ずしも最善にはならない。それどころか、人生で辛くなることが多い。なんでもはっきりさせると後悔する。例えば、ブロックして削除した女の子のことをムラムラした時に後悔する。何事もグレーにしておいた方が良い。このことを説明するために、今日は「黒板に女性器」という話をしたい。

断っておくが、たいしたオチはない。

僕が小学5年生の時の図工の時間の話である。その図工の先生はユーモアのあるおじいちゃん先生で、話が時々脱線するが、楽しくてみんなに好かれている先生だった。

ある日、授業中に先生が突然、「みんな、お尻はどうやって拭いている?」と聞いてきた。そして、拭き方にはコツがあるという話になった。「お尻は後ろから前ではなく、前から後ろに拭かないとダメだ。」という内容だった。

「そうじゃないと、この部分にばい菌が入ってしまう。」と言って先生が黒板全体に女性器を描き出した。みんなは何が起きているか分からず、ただただ黙っていた。教室中、先生がチョークを走らせる音が鳴り響いた。

そして、女性器が完成した後に先生が大きくため息をついて、こうつぶやいた。

「チョークじゃなかったら、もっとリアルに描けたのに」と。

もし40年前、教育にデジタル化の波が押し寄せていれば、僕たちはPowerPointでリアルな画像を見せられていたであろう。昭和という時代を生きた僕たちが、女性器をはっきり見るためには、10年待たなければならなかった。

「Yes・No」「好き・嫌い」「良い・悪い」何事もはっきりさせることは気持ちが良い。気持ちが良いのだが、はっきりさせて良い結果になることは少ない。物事はグレーにしておくべきである。気持ちは悪いが、それがベターなのである。僕たちは「宙ぶらりんの状態」に耐えれるようになるべきだ。

白と黒の間には無限の色が広がっている。いや、ピンクと黒の間には無限の色が広がっている。